名古屋帯は最も使う事の多い帯ですが、その歴史は以外と浅く大正時代に生まれたものなのです。大正4年、名古屋で女子教育に情熱を傾ける一人の女性がおりました。その人、越原春子さんは、現在の名古屋女子大学を設立した方です。 |
当時、帯といえば袋帯か丸帯。その帯をお太鼓にするには、いくら慣れているとはいえやっぱり大変!時間だってかかります。越原さんは、何とか女学校を設立しようと、まだ社会で女性が仕事をするなんて大変な時代に、それこそ寝る間も惜しむほど多忙な毎日を送っていたのです。 |
そこで彼女は、考えました。なんとか簡単にもっと早く帯を結べないかと。 |
やはり時代の最先端を行く人は、発想の転換がすばらしい。彼女は袋帯の裏側をジョキジョキ切り取って胴に巻く分を半分に折って仕立て直したのです。しかもお太鼓は一重、これなら軽くて結ぶのも早い! |
それを見たのが、中村呉服店(現 名古屋三越)の小沢氏。これは行けるとばかりに早速京都に発注し「名古屋帯」として売り出したところ、大ヒットしたのです。 |
きものを作る側からだけでなく、着る側からのアイデアによって生まれたのが名古屋帯です。 |